私が風呂に入ろうと脱衣場に行きドアを閉めようと後ろを振り返った瞬間―…「やつ」は出た。
私は以前のかめ虫事件と同様にまたもや奇声をあげた。
「うぎゃあああああぁぁぁ!!!!!ごぉきぶりいいぃぃ!!!!!!!!!!!!」
一目散にドアを開け母のもとへ走り出した。
母は私の不甲斐なさにあきれながら新聞紙を丸め脱衣場の方へ行った。
しかしやつはいなかった。
「無理。どっか奥に行ったみたい。ちゃちゃっと風呂入ってきな。」
はぁ?
やつが風呂場に寄生してるというのにそこで風呂に入れと?
ありえないありえない。
やつが風呂入ってる時に私の背中にのぼってきたらどうする?
ありえないありえないありえへん。
こうなったら自分でやつを退治しようとティッシュ箱を持ち脱衣場のドアの前に行く私。
しかし
一歩も中に入れない。
ドアの前に座り込みやつが出てくるのを待つこと4分。
やつが出てくる気配は一向にない。
うじうじながらリビングに戻ってきてこれから一生風呂に入れないのかと絶望感に襲われる自分。
すると母がキレた。
「だから何であんたはそんなに虫がダメなのよっ!!!」
ドスッドスッドスッドスッ
新聞紙を片手に持ちすごい勢いで脱衣場に乗り込む母。
そして新聞紙をまるで刀のように扱い、脱衣場の至る所を無我夢中で叩き始めた。
バシッバシッバシッ
「出てこい!!!」
まるであの小さな脱衣場の中で、幕末の動乱を駆け抜ける志士達の激しい戦いが繰り広げられているようだった。
そして我が家で一番空気の読める男、バンがあの脱衣場の中で起こっている異様な雰囲気を察知してすぐにピアノの下に潜りだした。
彼の空気読めるよ度は犬ながら半端ない。
そして脱衣場での戦い―
わずか1分足らずであろうか。
バシッバシッバシッバシッ
ドシッッ!!
「殺したよ!」
大きな染みをつけた新聞紙を持ちドスドスとこちらに向かってくる母。
ああああの染みにやつの体液が入ってるのかと思うと恐ろしい。
しかし母は足を止めずにやって来る。
え?ちょっ
家の隅まで後ずさりしながらこんな考えが頭をよぎった。
(もしや自分のあまりの情けなさにあの新聞紙の禁じられた染みの部分を擦り付けようとしている?)
もちろん私の母はそんなことをする人ではないが、その時の私の思考回路はパニックでおかしかった。
そして諦めようとした瞬間、母が口を開けた。
「ティッシュ!!」
え?
「早くティッシュ!」
あ…ああ、これか。
私はこれでやつを退治しようと思っていたティッシュ箱を渡した。
そして母はそのティッシュで風呂場で息絶えているやつを取ってくれた。
私は母のお陰で安心して風呂に入ることができた。
お母様ありがとう。